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大阪地方裁判所 昭和33年(ワ)3105号 判決

原告 株式会社柴垣商店

被告 松下竜治

主文

一、被告は原告に対し金七二七、三〇〇円及びこれに対する昭和三三年七月一二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

三、この判決は原告において金二四〇、〇〇〇円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決並に担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、被告は繊維製品の販売業を営む訴外株式会社松下商店の代表取締役であつたが右訴外会社は昭和二九年秋以降の繊維業界の不況による売上高の減少、金融難等に加えてダンピング等の放漫な経営のため極度の経営不振となり債務超過し銀行預金等も殆んどなく支払不能の状況に立至つたことを熟知していたのに拘らず然らざるも右経営状態からみて容易に支払不能なることを予測し得るのに拘らずたやすく支払資金を調達できるものと軽信して原告会社に対し「代金は小切手で間違なく支払う」旨申向けて欺罔し右訴外会社を代表して原告会社から昭和三〇年一〇月二七日代金四〇二、五〇〇円相当の同月二九日代金三二四、八〇〇円相当の各綿糸を買受けその代金支払のため原告会社に対し同月二七日(イ)金額四〇二、五〇〇円、同月二九日(ロ)金額三二四、八〇〇円孰れも支払人株式会社住友銀行心斎橋支店、振出人訴外会社なる小切手二通を振出し原告会社は(イ)の小切手を同月二九日、(ロ)の小切手を同年一一月二一日支払人に支払呈示したが孰れも支払を拒絶されその旨の宣言を受け(その后昭和三一年四月三〇日右訴外会社は大阪地方裁判所で破産宣告を受け原告会社は(イ)(ロ)の小切手金及び同月二九日までの利息の債権届出をしたが右利息の一部の配当を受けたのみで破産財団僅少のためその余の配当皆無のまま破産手続の終結をみた)右小切手金及び残利息の取立は事実上不能となり以て原告会社に対し同額の損害を与えたものであり被告の右所為は商法第二六六条の三の「取締役がその職務を行うに付き悪意又は重大な過失ありたるとき」に該当し、然らざるも民法第七〇九条の「故意又は過失に因りて他人の権利を侵害した」場合に該当し原告会社に対し右損害を賠償する義務があるから被告に対し右小切手金七二七、三〇〇円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和三三年七月一二日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだ次第である、と述べ、被告の抗弁に対し、原告会社が第二回目の売買をするまでには(イ)の小切手不渡を調査する時間的余裕なく何等過失はないと答えた。

立証〈省略〉

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因事実中、訴外株式会社松下商店の経営状態、経理内容に関する部分は否認するがその余の事実は認める、被告に損害賠償の義務があることは争う、と答え、抗弁として、かりに被告に損害賠償の義務があるとしても、原告会社にも(イ)の小切手不渡の事実を早く調査していれば第二回目の売買をしなくてすんだのにこれを怠り漫然と第二回目の売買に応じて損害額を拡大した過失があるから第二回目の売買代金三二四、八〇〇円の三分の二に当る金二一六、五三五円について過失相殺を主張する、と述べた。

立証〈省略〉

理由

成立に争ない甲第三号証の一、二、甲第四、第五、第六号証、証人伊丹一朗、同川崎利宣(後記措信しない部分を除く)の各証言、原告会社代表者、被告本人各尋問の結果、当事者間に争ない事実によると、被告は昭和二七年一〇月資本金一、七〇〇、〇〇〇円で設立され繊維製品の販売業を営む訴外株式会社松下商店の代表取締役であつたが右訴外会社は当初順調な経営をなしていたが昭和二九年秋以降の繊維業界の不況による売上高の減少、ダンピング等の放漫な経営等に加えて、昭和三〇年四月訴外有限会社浜糸に売却した繊維品の代金一、四〇〇、〇〇〇円の回収困難、大口仕入先訴外大阪豊島株式会社からの取引中止等のため極度の経営不振となり取引銀行の預金残高その他の資産の殆んどみるべきものがないのに一〇数名の債権者に対し金六、〇〇〇、〇〇〇円以上の負債を生じ一般の支払停止をする(同年一〇月三〇日頃支払停止した)直前であつたのに被告は同年一〇月二七日訴外有限会社浜糸から前記売掛代金の内金五〇〇、〇〇〇円を電報送金した旨の通知を受けるやこれを訴外大阪豊島株式に支払い取引再開後その仕入品の転売代金を以て小切手支払資金を容易に調達できるものと軽信し右訴外株式会社松下商店を代表して原告会社から同年一〇月二七日代金四〇二、五〇〇円相当の、同月二九日代金三二四、八〇〇円相当の綿糸を買受け、その代金支払のため原告会社に対し同月二七日(イ)金額四〇二、五〇〇円、同月二九日(ロ)金額三二四、八〇〇円、孰れも支払人株式会社住友銀行心斎橋支店、振出人訴外会社なる小切手二通を振出したこと、原告会社は(イ)の小切手を同月二九日、(ロ)の小切手を同年一一月二一日支払人に支払呈示したが結局電報送金は到着せず被告の前記支払資金調達の目算が外れたため孰れも支払を拒絶されその旨の宣言を受け(その後昭和三一年四月三〇日右訴外会社は大阪地方裁判所で破産宣告を受け原告会社は(イ)(ロ)の小切手金及び同月二九日までの利息の債権届出をしたが右利息の一部の配当を受けたのみで、破産財団僅少のためその余の配当皆無のまま破産手続の終結をみた)右小切手金及び残利息の取立は事実上不能となり(売掛代金債権の行使も既に不能である)以て原告会社に対し同額の損害を与えたことが認められ右認定に反する証人川崎利宣の証言部分は前記証拠に対比し容易に措信できず他に右認定に反する証拠はない。そこで被告の責任について考えると代表取締役たる被告としては前記認定の如く右訴外会社が極度の経営不振で取引銀行の予金残高その他の資産の殆んどみるべきものがないのに一〇数名の債権者に対し金六、〇〇〇、〇〇〇円以上の多額の負債を生じ一般の支払停止をする直前の窮迫した状況の下で新たに本件の如く金七〇〇、〇〇〇円余の多額の商品を買受けその代金支払のため小切手を振出してもその買入商品の転売代金で直に支払うか(被告は当初からかかる意図なく実際にも本件買入綿糸の転売代金は他の使途に費消した)又は他から金借の見込がない限り右小切手金を一〇日間の支払呈示期間内に支払い得る見込は極めて薄く被告においてもこのことを当然に予見し得たのに拘らず単に取引先からの金五〇〇、〇〇〇円を電報送金した旨の一片の通知を受けたのみで右送金の有無を確認もせず又事前の了解も得ていないのに右金員を仕入先に支払つて取引再開を受けその仕入品の転売代金を以て小切手金支払資金に充て得る旨たやすく軽信して本件綿糸を買受けその代金支払のため(イ)(ロ)の小切手二通を振出し結局不渡にしたのであるから被告の右所為は商法第二六六条ノ三の「取締役がその職務を行うに付重大な過失ありたるとき」に該当し第三者である原告会社に対しその請求にかかる(イ)(ロ)小切手金合計七二七、三〇〇円相当の損害を賠償する義務があるものと謂わなければならない(昭和三四年七月二四日最高裁判所第二小法廷判決参照)被告は原告会社にも(イ)の小切手不渡の事実を早く調査していれば第二回目の売買をしなくてすんだのにこれを怠り漫然と第二回目の売買に応じて損害額を拡大した過失があるから過失相殺を主張する旨抗争するが前記の如く(イ)の小切手不渡と第二回目の売買は同日であつて右調査の如き時間的余裕のなかつたことが推認されるから該抗弁は採用できない。

よつて被告に対し金七二七、三〇〇円及びこれに対する訴状送達の翌日であること記録上明かな昭和三三年七月一二日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 幸野国夫)

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